1991 ALFA ROMEO 75TS (hisata)

「あかいチビひこうきから コントロールタワーへ,りりくじゅんびかんりょう」
「コントロールタワーより あかいチビひこうきへ,りりくしてよろしい」
 ブルルルル〜ン!

仕掛け絵本から飛び出した75のエンジンがかかった.

計器類は異常なし.シートベルトを締め,ダイヤルを操作してヒーターを入れておこう.おや,赤ランプが点滅しているぞ.スロットルのようなサイドブレーキレバーを解除すると消灯した.頭上のスイッチで窓をすこしだけ開けて出発.タペットだろうか,エンジンルームからメカニカルノイズが聞こえてくる.かしゃかしゃ,ぶるるるるぅ…気分は軽飛行機なのだ.

155の兄貴分にあたる75.縦置きと横置きのちがいはあっても,おなじツインスパークだからエンジンのフィールは共通だ.3,000rpm から上が気持ちいい.ただ,155よりもギア比が高いため低速トルクが細い.2速発進は無理がある.オーナーは,シートを RECALO,ステアリングを MOMO のディープコーンに替えている.運転中,指を伸ばしてもウィンカーレバーに届かない.

年式でいえば,まだ5歳のクルマでしかないが,乗ってみた印象は155とずいぶんちがう.ボディが緩いのはともかく,シフトが渋い.きちんと回転を合わせるか,ダブルクラッチを踏んでやらないと引っかかる.とくに1速はコツがいる.かといって,クラッチを踏んだまま信号待ちするクセをつけようものなら,レリーズシリンダーがだめになるだろう.シリンダーが働いている感じが左足に伝わってくるのだ.同様のことがパワーステアリングにもいえる.ステアリングの切りはじめに,かすかにゴォ〜っと異音がすることがある.

155は国産車のようなつもりで運転しても,とくに問題は起きない.ところが75はちょっとした気遣いが必要だ.シフトだって「腕」ではなく「手のひら」で感触を確かめながら,やさしく入れてやる.ステアリングも無理な力がかからないようスムーズに回し,スムーズに戻す.ブレーキも効かないわけではないけれど,155のタッチにくらべると心許ない.

それじゃ75は出来の悪い兄貴かというとそうじゃない.

大人4人乗車のスペースユーティリティが確保され,トランクスペースも十分.155に装備されていて驚いた後部座席のチャイルドロックやウィンドウロックは75にも付いている.家族4人で出かけても155同様,役に立ってくれた.地下駐車場から屋上に抜け,クルマを下りようとするとピロピロピロ.イグニッションをオフにすると警報音が鳴る.スモールランプが点灯していたのだ.75って賢い.

実用性も備えたうえで,気持ちのいいエンジンと不思議に粘る足回りをもっている.コーナーリングの感覚は75も155も似ている.ふわっとロールしてググっと向きを変えていく.雨の日にアクセルターンしてみたい少年たちにはFRのこいつはおもしろいだろう.

155オーナーからみたとき,75はクルマの扱い方を覚えるのにちょうどよい教材だ.各部が「そんな乱暴にしちゃイヤだ」と機嫌を損ねたり,悲鳴を上げるから,いきおい優しく扱うクセがつく.また,スムーズなシフトチェンジのために,ミッションの構造も勉強して,動きを想像しながら乗りこなす楽しみもある.シフトがすぱっと決まったときはじつに気分がいい.そうして,臨戦態勢を維持していくのも楽しいかもしれない.クルマを「維持る」醍醐味を味わえるだろう.

従順な155に物足りなくなった人が75に乗り換えてもおかしくはない.155では薄まった「自動車の匂い」が残っているからだ.ただ,わたしは155に乗り換えたとき,カチッとした操作感とドアの閉まる音にホッとした.やはり自分のクルマがいちばんだ.でも,97年に後継車が登場したら,155も75同様に見えることだろう.

空を流れる雲のように時代は移り変わっていく.それが自然なのだから,自分の感性をレーダーにして,もっと自由にクルマの世界を飛び回ろうじゃないか.1ヶ所にとどまっていては見えない景色が目のまえに広がるはずだ.

まるで軽飛行機を操るように,75でワインディングを駆け抜けていくのはさぞかし爽快だろう.でも,今回わたしはこの《あかいチビひこうき》を飛ばすことはできなかった.地面を這いずっていただけだ.

また,いつか出会うことがあれば今度こそは大空に弧を描いてみたい.


後 日 談

後日,クラウンに乗ったとき,いままでより扱いがていねいになっていました.少々手荒に扱っても壊れたりしないのだけれど,ていねいに扱うクセというのはこういうことをいうのでしょうね.これは155にしか乗っていなければ気づかなかったことです.