1998 PORSCHE BOXTER (hisata)

真っ白なボディに濃紺トップ.初期型ボクスターは2.5リッターのSタイプ,5速マニュアルです.なかなかカッコいいじゃないですか.

キーに内蔵されたリモコンでドアロックを解除し,ドアノブを引くとちょっと窓が下がります.窓ガラスが幌に当たるからなんですね.太めのサイドシルをまたいで本革シートに腰を下ろしてイグニッションを,右手を伸ばしながらステアリングの左側にキーホールが見えます.ポルシェは左手でキーを捻ることになっているようです.

本当はオープンにして走りたいのですが,5月も下旬となると日差しが暑くていけません.オートエアコンをつければ冷房もしっかり効いて快適.ペダルやシフトも固いとか,重いといったことはなく運転しやすいものです.ただし普段はALFA ROMEO 164にATで乗っているもので久しぶりのMT.バックで駐車場から出すときにストールしてしまい,慌てて右手,ちがった左手です.(苦笑)

ウィンカーレバー,ワイパーレバー,5速のシフトパターンなど,ふつうの左ハンドル車.ライトのスイッチは左手にダイヤルがあります.ドイツ車はこういうタイプが多いですね.シートはバケットタイプで肩の部分がちょっと窮屈.前後調節のみ手動操作の電動シートです.

市街地走行編

市街地で使うのは3速まで.2速にシフトアップしたときにぎくしゃくしますが,しばらく走っているうちに慣れました.低いギアでは右足の動きがそのまま挙動に出るので「そうそう,マニュアル車はこうでなくちゃ」とうれしくなってきました.操作系の「遊び」が少ないというか,運転感覚はソリッドです.

ボクスターはエンジンがドライバーのうしろにあるわけですが,それはボンネットを開けたらそこはトランクだったのを見て頭で理解しているわけで,ミッドシップだということを熱や音で感じるわけではありません.このあたりはフェラーリ(の一部)とちがいますね.(笑)

エンジンを回すとヒュイーンという音が盛大に響いてきます.メカニカルだけど気分が盛り上がる音じゃない.ちょっとがっかり.市街地での常用回転数は3,000rpm以下.ちょっとトルクが細いから発進時に油断するとストールします.坂道発進でサイドブレーキを使ったら全然効かなくて慌てました.軽く引いて,そこからカチカチと2ノッチくらいグッと引いてはじめてサイドブレーキが効きます.

メーターパネルは回転計が中央にあって,すぐその下に速度がデジタル表示されます.MT車で回転計が中央にあるのって最高.他にはなにも要りません.(ことばの綾ですよ) 室内の作りは従来のポルシェに比べると安っぽいのかもしれませんが,わたしの基準では十分立派です.室内はそれほど広くなくて,信号待ちのときは左腕をドアのアームレストに預け,右手はちょうどサイドブレーキをもてあそぶ感じがラクチン.「そろそろ信号が変わるかな」というとクラッチを踏んでシフトをLOWに入れ,青信号と同時にクラッチミート.だいぶMTの感覚が戻ってきました.

偶然会った知人や友人の反応に驚きました.「お,すごいねぇ.どうしたの,そのクルマ」「借り物です」.ポルシェというだけでインパクトがあるんですね.たしかに「デートカー」としてはもってこいでしょうが,それであればSタイプよりノーマルタイプのほうがいいかも.

ブランドとしてのポルシェはさておき,ここではボクスターというクルマを見てみましょう.

乗り心地は思ったより固い.というか路面が荒れているとボンボン跳ねるのです.S(スポーツ)タイプなので17インチの扁平タイヤだから「足がばたついているだけ」という意見もありますが,わたしは「足回りが固い」という印象を受けました.自分ひとりで運転しているときは気になりませんが,同乗者がいると気になるでしょう.また「シャーシがしっかりしてるのはさすが」という声もあるのですが,それもピンと来ませんでした.

発売当時のカー雑誌のレビューを見たのですが粗探しみたいでボクスターが可哀相.「ポルシェ=911」という図式が透けて見えます.「甘いブレーキ」というのも,わたしの感覚では「すばらしいブレーキ」です.なにも絶対性能を求めなくても自分の使い方で問題がなければ良しとすればいいのではないでしょうか.

駐車場にとめて数時間して戻ってきたときのこと.ボクスターがぱっと目に入った瞬間,周囲の自動車が背景になってしまいました.目立つというより「映える」という感じ.これはフェラーリでも感じたことがあります.これがいわゆるスポーツカーの魅力なのでしょう.オーナーの目尻が下がる瞬間かもしれませんね.

オープン編

夕方,涼しくなったので幌を開けることにしました.

フロントグラス中央上部にあるフックをガチンと外して,ダッシュボードのボタンを押しつづけると電動で格納が始まります.幌のリアの透明ビニール部分が曲がってきたところで一旦止めてクルマを降ります.そしてビニール部分に妙な折り目がつかないように押さえてから再度格納を続行するわけですが,フタがきちんと閉まるまえにボタンを離すと,幌の警告灯がついたままになるので注意しましょう.

オープンにして走ると低い排気音が聞こえてきてイイ感じです.風が髪をなでていきますが顔はフロントグラスに守られています.サイドウィンドウを下げてしまったほうが開放感が増します.日向に止めておくと乗り込んだときに熱気で暑いのですがオープンにすれば熱気も飛んでしまい,涼しい風に吹かれながらボクスターを走らせていると楽しい.運転に慣れてきたこともあって,このクルマが気に入ってきました.

以前LOTUS ELISEに乗ったときのことを思い出します.わたしはオープンカーやマニュアル車が好きなのでしょう.そういえばエリーゼは飾り気のないピュアスポーツですが,ボクスターはシンプルながらも乗用車的かつ実用的.なによりエアコン装備がポイントです.

車高は低いですが,ちょっとしたスロープや段差なら大丈夫.それほど神経質になることはありません.注意すべきは駐車場のコンクリート製の輪止めくらいでしょう.前と後がどこまであるのか運転席からはわかりにくいので,いちいち降りて確かめました.(後悔先に立たず)

ワインディング編

その夜,Eワヤマさんと同乗して足助(あすけ)の向こうまで走りに行くことにしました.

名古屋市内を東に抜けて名古屋ICとトヨタ博物館を過ぎ,猿投グリーンロードの手前まで来るとあたりは真っ暗.空気もひんやりしてきます.東京とちがって名古屋は「郊外が近い」のがうれしい.

最初はEワヤマさんの運転.グリーンロードは中速コーナーの連続.オープンにしていることもあってスピード感満点.ゾクゾクするのは首筋に風が当たって寒いせい? おなじ場所を走っていてもクローズドならば,なにか考え事でもしながら運転できそうだけど,オープンにすると全部吹き飛んでしまい考え事どころじゃありません.気分転換にはちょうどいい.

2名乗車するとセカンドバッグすら置き場所に困ります.前後にトランクが用意され,リアは浅いのですが,フロントはスペアタイヤが入っているくらいですから深さがあって,意外に荷物が積めます.クーラーもよく効くし,シフトフィールもかっちりしているし,ブレーキもぐぐぐっと効くし,ヘッドライトも明るいし,シートも疲れないし,運転していて安心感があります.クルマに裏切られることはないだろうと思えるのです.これはイタリア車にはないものです.(これも偏見ですね)

グリーンロードを抜けて国道153号線に左折し,足助まで来ると左右から真っ黒な山影が迫ってきます.オープンにしているから余計に不気味.途中から県道33号線に入るとそこはもう林道.細かいワインディングが20kmほど続きます.こういうステージでもボクスターは予想以上によく曲がり,よく走ります.4,000rpmも回せばピックアップも抜群.5,000rpm回せば音もいい.窮屈なシートもここでは「ホールドの良いシート」に早変わり.上半身が振られないから飛ばせます.

わたしも最初はおっかなびっくりだったのですが,低いギアでも踏めば回るのです.そのことに気づくと運転が変わります.ブレーキが効けばアクセルを踏むことができますし,ステアリング操作に忠実に向きを変えてくれます.ただしワインディングでは左カーブがつらい.左のAピラーとバックミラーが邪魔で先がよく見えないのです.そういえばステアリングも上端が前方視界をわずかにさえぎります.道路のアップダウンの頂点部分ではこれまた先が見えなくて困ります.

対向車に遭うこともなく「いこいの村 愛知」という保養所に到着し駐車場で休憩.外灯にいろんな蛾が集まってくる山の中.ボクスターでオトコ二人.場違いで不思議な気分.でもクルマは最高.(笑)

ここでドライバー交代して,じきに国道153号線に出るはずだったのですが,わたしは道を間違えたらしく「ここはどこ?」.あたりは真っ暗だし,道は狭いし,方角はわからないし,所々で小さな崖崩れが起きてて「こんなところを歩く羽目にはなりたくないなぁ」.途中,一軒家があったのですが宮沢賢治の「注文の多い料理店」を思い出す始末.挙句に舗装が途切れたときは参りました.日本で未舗装の林道を走ったボクスターは1台だけかもしれません.(ごめんなさい>ボクスター)

「いま迷ってもいいかなと思ってたんです.日本でいまどき道に迷うなんてむずかしいですよ.じきにどこかへ出ます」なんて暢気なことを言ってるEワヤマさんに救われて前進します.おかげで舗装路に出たのですが,そこはさっき通った道.また「いこいの村」まで走る気にもならず県道33号線を下ることにしました.わたしはのんびり国道を下るつもりだったのですが仕方ありません.暗くて怖いからゆっくり走ります.

グリーンロードの駐車場でまた休憩.夜の駐車場に佇む白いボクスター.オープン状態の斜めうしろからの眺めがいちばん素敵.かっこいいというのはスポーツカーの必要条件です.

ボクスターの魅力

たとえばアルファロメオ・スパイダーと比べると,機械としての完成度はボクスターのほうが上だろうけれど,官能的という意味ではスパイダー(現行3.0V6)のほうが上だと思うのです.つまり,ボクスターは運転してワクワクするようなクルマじゃないと思っていたのです.極論すれば安心感に包まれて安全確実に走るだけの車に(わたしにとっての)魅力はないと思っていたのです.

でもわたしはボクスターが気に入りました.

たしかに安心感があって無難なクルマかもしれないけれど,そうはいっても完璧なクルマなんて存在しないだろうし,ボクスターにも癖がある.完璧でもないし,ちょっと癖がある.言い換えると「個性がある」ということがわたしにとっての魅力.そう考えるとつじつまが合います.

おそらくボクスターに好意をもった,おおきな理由は「オープンカーだから」でしょう.名古屋に住んでいればオープンカーにも乗りたいし,マニュアル車に乗りたい.でも東京で足として使うには具合が悪いのです.排気ガスで煙いからオープンになどしたくないし,渋滞が多くてマニュアル車はストレスが溜まります.

わたしが911に抱いていたイメージである「バカっ速さ」はボクスターにはあまり引き継がれていないようですが,それでも十分な速さで巡航することができます.「ポルシェだから」という先入観でみると物足りない部分も出てくるかもしれませんが,単にボクスターとしてみれば「かっこいい」「実用的」「オープンにできる」と十分魅力的だと思うのです.

むずかしいことを考えずに流すこともできる一方で,郊外のワインディングを楽しむこともできる.ティプトロに乗ったことはありませんが,わたしはボクスターに乗るならマニュアルで乗りたい.そのほうがダイレクトなドライブフィールを堪能できると思うから.

「ポルシェだから」と期待しすぎたり,逆に敬遠していてはボクスターを誤解するかもしれません.ニュートラルな姿勢で,自分なりのこだわりでクルマを選んでみてください.