快楽神話 [1]

マセラティを乗りこなす心構え

クルマにはそれぞれ味があり,その愉しみ方も人それぞれです.そして1台で何通りもの愉しみが味わえるクルマこそが,乗っていて愉しいクルマなのです.

MASERATIというと「内装が豪華で照れくさい」「汚しそうで大変」「敷居が高そう」とよく聞きますが,たかが自動車です.乗ってしまえば,あとはその人となりです.乗りこなすために必要なのは,自分自身の思い入れだけです.

クルマのシートだと思うから豪華すぎると感じるだけで,ソファーだと思えばいいのです.良いソファーに座っているんだと思いながら運転していると,いつもとちがう風景が見えてきます.ゆったりした気持ちで室内を見回すと,イタリアの貴族が求めた空間が理解できたりします.きっと中世の馬車にもこんな雰囲気があったのだろうなんて思いませんか? 豪華さの中にある暖かさにまで気がつけばもう自分のものになっているはずです.

街角にたたずむ MASERATI を見ていて,外見の格好良さだけでは出せない雰囲気を発見してしびれてしまいました.どことなくワルそうな感じがするのですが,近づくとそれが素性のちがいだとわかる感じがたまらないんです.こんなクルマは今どき,ちょっとありません.

だから結局,オーナーの思い入れなんです.MASERATIだからって別にかしこまる必要はなく,ふだんの生活の中に自然に溶け込ませることが大切なのです.

MASERATIに乗せられているのではなく,MASERATIに乗っているという認識が乗りこなすことに繋がっていくのです.そうですね.できることなら30代から40代で楽しむのが良いのではないでしょうか.《Eワヤマ》 Nov.1996


そういう話題なら,わたしもひとこと言わせてください.

なるほど,あの肉厚のシートは自動車のそれではなくソファーだったんですね.道理でくつろいでしまうわけです.わたしも試乗させてもらって「ここに自分だけの特別室がある」ような気分でした.あのアイボリーの明るい内装がいい.

MASERATI といえども「たかが自動車」とのことですが,個人的には ALFA ROMEO に乗るようになってはじめて目に入ってきたクルマで,最初は敷居が高かったですよ.脇目も振らず一気に FERRARI を目指すのもひとつの道ですが,わたしはひとつずつ階段を登っていくタイプです.登山の過程を楽しむようなもので,常にそこから見える景色を楽しみたいんです.

そのことを前提に,マセラティを乗りこなそうとした場合「オーナーの思い入れ次第」というのはよくわかります.Tシャツとジーンズ姿でも,これが自分流なんだと割り切ってしまえば,誰がなんと言おうと関係ないですからね.

最初から「自分には似合わない」と敬遠してしまう人がいますが,あれは歯がゆいですね.乗りたいのなら乗ればいい.ほんとうは乗りたくないのか,よほど自分に自信がないのか,どちらかでしょう.控えめな人,大胆な人,クルマ選びにもその人の人生観が表われますからね.

30代から40代というのも同感です.ほんとうの意味での「大人」に乗ってほしいクルマです.嫌味のないように,あくまでお洒落に自分のアイデンティティを強調するような乗りこなしが理想ですね.(hisata) Nov.1996