ゼニスブルーの993.カレラSはターボボディなのでリアの張り出しが大きく迫力があります.空冷6気筒エンジンの最終モデルで,走行22000km.
ルッソで待っているとなにか他とちがうエンジン音が聞こえてきます.「あれですか」.爆音というわけではないけれどスポーツカーらしい低い排気音です.目の前に停車するとエンジンのメカニカルノイズも響いてきます.淡いブルーメタリックが夜に映えます.
べつにポルシェのファンではありませんが,やっぱりかっこいいです.
このモデルはティプトロ,要するにATです.わたしはポルシェのATは初めて.ひと通りの操作についてレクチャーを受けて,自動車保険を満額かけてもらって3日間だけの993オーナーになりました.(緊張するけどちょっとウレシイ)
自宅は西ですが,ポルシェは東へ向かいます.
東京から名古屋に越してきて初めての足助(あすけ)ツーリングです.最初は馴れないのでDレンジのまま市街地を抜けていきます.名古屋ICを過ぎてしばらくいくと中央分離帯を工事していて車線が狭くなっています.その状態がずっと続いているので,張り出したお尻が気になります.運転していると視界の範囲はそれほど幅もなくてコンパクトなクルマなのですが,リアの幅はそれなりにあるので気をつかいます.
なんでもいいけどワイパーが邪魔です.左ハンドルなのに,ワイパー2本が左に傾いたまま止まっているのはなぜでしょう? 坂の頂上付近で前が見えなくて困るので,シートの高さ調整で座面を上げて対処します.
猿投(さなげ)グリーンロードの料金所について300円払って通行権を受け取ります.シフトレバーをDレンジから右に倒すとシーケンシャルシフトモード.ハンドルのスイッチでアップダウンできるようになります.
ようやく工事から開放されたと思ったらグリーンロードも2車線化工事中.ほんとに名古屋(愛知県)は道路工事が好きです.2005年の愛知万博の都合もあるのかな.そんなわけでロードコーンの隙間を縫って走るような感じですが,無理しない程度に993の感触を確かめます.
乗り心地は硬いです.ガツンという突き上げはないものの,すこしでも路面が荒れているとゴトゴト,ゴンゴンと揺れます.隣に女性を乗せて走るには向かないかも.また,ハンドルが轍に取られるのは仕方ないにしても,ふだん乗っているアルファロメオのセダンとはハンドリングが異質なので妙な感じ.
市街地をDレンジで走っていたときは実につまらないクルマでしたが,ワインディングを自分でシフトするようになって,ご機嫌になってきました.2速で回すといい音がするのです.窓を開けるとうるさいので,音を楽しむには閉めておいてちょうどいい.サイドの三角窓がクラシックな雰囲気です.
4速ATなので実際には2速と3速しか使いません.6速MTを思うと寂しいですが,それで十分走れます.3,000rpm以下でもトルクがあるので3速でもぐいぐい坂を上っていくのには驚きました.
それになによりアクセルのツキがいい.このレスポンスの良さが空冷エンジンの特長なのでしょうか.右足の爪先にちょっと力を入れるとぐっと車が前に出るし,アクセルを戻せばエンジンブレーキがかかります.ふつうのAT車みたいにスーっと空走しないのがうれしい.
ある意味で非常に扱いやすいエンジンです.それとティプトロが組み合わせてあるから,渋滞から高速,ワインディングまでこなせるわけです.かっこよくて,コンパクトで,安心感のある,だれでも乗れるポルシェです.
後続車のいない直線でブレーキテストをしました.
最初は床から生えているブレーキペダルに違和感がありました.しっかり踏まないと効きませんし,アクセルペダルより手前にあるので踏み換えも面倒.(左足ブレーキを使えということ?) すこしずつブレーキを踏む力を強くしていった3回目,フロントタイヤがキュキュっと鳴いたのでおしまい.テスト結果は(公道では)「ブレーキを過信せず,スピードは控えめに」ということでした.
グリーンロード終点の料金所.リアの張り出しが気になって右に寄せきれません.係の人に出てきてもらって出口券を渡して発進したとき,路面の白線とロードコーンを見て,思わずF1がピットから出ていく様子を想像しました.こういうところがスポーツカーならではでしょうね.
突き当たりを左折して153号線で足助に向かいます.
片側1車線の国道をしばらく走って,足助を過ぎると急勾配のカーブが連続する区間があります.そこでも3速で上っていきますし,踏めば加速します.なんと粘り強いエンジンでしょう.レッドゾーンは6,800rpmですが,わたしは4,000rpm以上回せませんでした.
その先で県道33号線に左折.夜中は対向車もほとんどない真っ暗な道です.適度なアップダウンとカーブがつながっているので流すにはちょうどいい.ここまで来ると993のハンドリングにも馴れてきて,コーナーリングが安定してきました.なるほど,じたばたせずにクルマに任せればちゃんと曲がっていくんですね.以前,BMWの初代M3でここを走ったときはコーナーリング中に「もっと踏めるぞ」と言われたような気がしたけれど,993は余計なことは言いません.黙って自分の仕事に専念しています.
ポルシェって固いクルマですね.フェラーリとはちがいます.
★ ★ ★ グリーンロードに戻ってきてパーキングエリアでカップ珈琲片手に休憩です.
夜中にここでクルマを眺めているのが好きなんです.993のマフラーがチンチンと音を立てながら冷えていきます.そういえばハチロクもしてたっけ.こういう音がするクルマが減っているような気がします.
「そろそろ行こうかな」とドアにキーを挿してロックを解除し,レバーを握ってドアを開けます.低めのシートに腰を下ろして左足を入れたらドアを閉めます.バキンっという金属音を伴った音がします.昔の911はこんな金属音はしなかったような気がするのですが,わたしの勘違いでしょうか.
キーを左手に持ち替えてシリンダーに挿し,右に捻るとブォンとエンジンが目覚めます.ドアが閉まる音よりも,わたしはこのエンジンがかかるときの音が好きです.ブレーキを踏んだまま,シフトレバーをDから右に倒し,ハンドルのスイッチで2速に入れてサイドブレーキを解除し発進します.2速になっていても発進時は1速に落ちるので便利.3速で走行していても停止すれば2速に落ちています.
市街地に戻ってきて,信号待ちの先頭になったとき,軽くシグナルダッシュしてみたのです.すると自分が予想していた以上に速くてびっくりしました.後続車を置き去りにするのなんて簡単です.(でも行儀が悪いかも)
わたしのアルファロメオはそもそも重いこともあってキビキビ走ることができず,欲求不満気味なので良いストレス解消になりました.アルファでは懲りた東名高速(東京〜名古屋)の往復ですが,この993は「ちょっと東京まで行ってこようかな」と思わせてくれました.
ポルシェの魅力ですか?
- かっこいいこと
- 加速がいいこと
- 安心感があること
そんなの当たり前? でも,これ以上なにが必要なのでしょう.それこそがポルシェなのではないでしょうか.
Dレンジでは死ぬほど退屈なクルマですが,自分でシフト(たとえば2速ホールド)して踏んで回して走れば結構楽しいですよ.疲れているときはDレンジで「乗せてもらって」,クルマと会話したければ,自分でシフトして踏めば応えてくれます.5,000rpmも回せば別世界です.東山の丘陵地帯を抜ける途中,以前乗っていたアルファロメオ155を思い出しました.街中では2速だけでブォーンと回しながら走るのが好きだった.この993も街中は2速で走らせるのが楽しい.
足として使うならティプトロ,FUNを求めるならMTがお薦め.リアシートは背もたれを倒すとフラットな荷台になります.シートのフリをしていますが幼児専用.それでも長距離はかわいそう.大人は絶対に無理.天井が低すぎます.2人乗りで,ちょっとスポーティなクルマを探しているなら候補にしてもよいでしょう.ただ,ちょっと高いのが玉にキズ.
ちゃんと乗ってみた911はこれしかありませんが,BOXTERと比べると「濃い」クルマです.
空冷とか水冷とか,水平対向とか,そんな理屈はどうでもいい.このエンジンが気に入りました.ツキがよくてパワーフィールも最高.踏めばぐっと力が湧いてくるのを背中で感じるのです.なかなか素敵なクルマでした.